本記事には「ダークソウルシリーズ」に関する重大なネタバレがあります
ダークソール3に登場するシーリスは薄暮の国出身であるが、この国は「名も無き月」に仕える暗月の騎士団を擁している。
この薄暮の騎士団は、暗月を信仰していることと、無印に登場する「暗月のタリスマン」と形が同一である「薄暮のタリスマン」を装備している。
このことから、薄暮の国では暗月の神グウィンドリンが信仰されていると思われがちであるが、これはミスリードであって実際の信仰対象は、イルシールに囚われた現暗月騎士団の団長であるヨルシカの方である。


「名もなき月」について
薄暮の騎士団は名もなき月を信仰するというのは最初に述べたとおりだが、まずそもそもにおいてグウィンドリンが名前を隠す理由は特に見当たらないということ。
遠い国だから名前が伝わっていないという説もあるが、ダークソウル3ではミラ出身のキャラクターは3人もおり、遥かな遠方とまで言い切れない。
それよりも、もっとしっくり来るのは、そもそも名前がなかったから伝わらなかったと考えるほうが自然である。

その名は兄であるグウインドリンに後から与えられたもの
暗月と薄暮のタリスマンの類似性と相違性
もう一つは、最初に挙げた薄暮のタリスマン。
最初にも述べたが、薄暮のタリスマンと暗月のタリスマンは形が同一だからグウィンドリンが信仰されていると解釈されがちであるが、真実は逆である。
形が同一であるからこそ、「名もなき月」がグウインドリンではない証明になっている。
暗月のタリスマンは神への信仰が強く求められる純粋な信仰補正装備であるが、薄暮のタリスマンは暗月とは異なり信仰の他に理力補正も含まれる、闇に親和性の高い装備となっている。

先にあげたヨルシカの聖鈴は、名前こそ「ヨルシカ」の名が冠せられているが、これはグウィンドリン由来の聖具であり、こちらはやはり純粋な信仰補正装備となっているので、グウィンドリンの性質が変わった……ということはない。
ヨルシカはドリンの妹であるが、ドリンはグウィンの末子なのでヨルシカの父親はグウィンではない。
父親が誰なのかは明らかにされていないが、父親が異なるならばヨルシカの性質がドリンと異なっていてもおかしくはないだろう。

何故、二つのタリスマンの形が同一なのか
では薄暮のタリスマンをヨルシカが作ったとしたら、なぜ形まで暗月のタリスマンと同じなのか。これにもきちんと理由がある。
誓約ランクをあげていくたびにヨルシカは兄のことを話題に出すなど、グウィンドリンを非常に慕っていることが分かる。
また、ヨルシカが暗月の騎士を祝福するときの詔は、グウィンドリンが暗月の騎士を祝福するときの詔と(口調以外は)全く同じであるように、ヨルシカは暗月の騎士団長として兄の行為をそのまま真似している。


「我らの父」という言い回しは所謂牧師等が神を語る際に「我らの父が~」と同様のものであり、このことから本当の意味で父親がグウインではないというのも分かる。
そして、同時にその本質がどうであるか。までには思い至らない。
表面だけ兄を真似ているだけに過ぎないのだ。

薄暮のタリスマンの外観は(兄の真似をしているので)、暗月のタリスマンと同じであるが、その本質に対する理解が及んでいなかったため、ドリンのものとはその性質が異なってしまったのだろう。
暗月騎士団の正式な騎士について
この件でたまに「シーリスは暗月の騎士なのだからヨルシカの名前を知っているのではないのか」という人がいるが、シーリスちゃんは騎士を引退しているので、こちらにきてヨルシカの素性に気がついても、本国との繋がりが切れていても特におかしくはない。
最初にさらっと流すだけなので、見逃しやすいのはあるが。
